女性同士だからこそ 言っちゃいけない言葉があると思うの。


最近、健康や美容、店に関する真面目なブログが続いています。

写真もないし・・・。

面白みのないブログですね



私個人的には、ここ1年くらいずっと生活に占める仕事のウエイトがかなり大きくなっています。

それに付随して、興味関心が内的なものに向かっていて、考えたり、勉強したり・・・ ということに時間の多くを割いているからかもしれません。

元々、外向的な部分と内向的な部分両方持っているので、そのときそのときのスイッチによって人との関わり方や活動量がかなり変わってしまいます。

身を飾ることや、美しいものや調和のとれたものを見たり聴いたりすることも好きですが、内的なものに向かっているときは自分でも驚くほど興味がなくなるので外出も少なくなるし、人と会う機会もかなり落ちます。

外出が少ないうえに、人と会わなくなると食事やお酒の機会も減るし・・・・・・ よって、写真を撮るようなことが何もないんですよね。




---------- と、言い訳しておいてからまた面白みのないブログを書こうとしています。笑


でも今日はちょっと趣向を変えて、「心の健康」に関する話題でも。

心の健康といっても、御託を並べたいのではありません。現在、大学の通信課程で福祉心理を勉強していますが、御託を並べられるほど学習段階も進んでいないですしね〜。

もっとリアルで生々しい話です。


さてさて。

私のクライアントは98%が女性です。

同じ女性同士、個室で2人きりでほとんどの場合が素肌に直に触らせていただくわけですから、自ずと心理的なバリケードが緩みやすいせいか、かなり深いプライベートなお話を聞かせていただけることが少なくありません。

また、私の趣味の延長レベルということで「カラーセラピー」をご要望があれば無料で提供しておりますので、その時間に悩みや不安などの一端に触れさせていただくこともあります。

女性の悩み・・・というか、懸念事項は大きく分けると三種類に分かれます。


・仕事(それに準ずる趣味)
・恋愛、結婚
・妊娠、出産、育児


細かい内容は、もちろんそれぞれの背景や事情によって異なりますが、本質的には

これら全てを手に入れられるかどうか

ということになるように思います。


そして、全てを持っている人は

これら全てを抱えているのって、マジ大変!

ということであるように思います。


3要素のうち、手に入れていないものがあればそれが不安だったり、気がかりだったりで、全てを手に入れていればいたで、そのバランスをどう取っていくか、ということに心を砕いていらっしゃるようです。


どちらにしても「気がかり」や「悩み」、「不安」がある状態ですので、これらの条件を手に入れた、手に入れていないだけの事実だけでは、幸福か不幸かというものは測れないのだと思います。


そう。幸せか不幸か、満たされているかいないか、というのは獲得した要素の多さとはたぶんあまり関係がないのです。

なのに、その要素の有る無しばかりが自分自身にとっても、人から見てもクローズアップされがちなのは女性の生き方が多様化しているからではないでしょうか。

多様化しているということは、比較対象がたくさんあるというわけで―――― 比べては劣等感を覚えて凹んだり、優越感を覚えて安心したりできてしまったりするのではないかと。


幸せは相対値ではなく、絶対値で考えた方が気楽に生きられるはず。

だけど、そのシンプルなことがとても難しいのですよね。



とても表現にユーモアがある素敵なお客様がいらっしゃるのですが、その方はそれを「不意に世間体が牙を剥く」とおっしゃいます。

家族や友人知人、同僚・・・ 様々な価値観を持つ他者と関わりながら生きていくなかで、自分の価値観を確立しそれを貫くというのは本当に難しいことなんですよね〜。


だから、つい揺れ動く自分を安心させたいがために違う要素を持つ人を攻撃したり、やたらと卑下してしまったりするのかもしれません。



それで結局何が言いたいのかというと・・・。

女性の皆様、互いの精神衛生のために、価値観の押し付けはやめませんか? ということです。


お客様のお話をうかがっていると、仕事や(それに準ずる趣味など)の有無、結婚してる・していない、子どもがいる・いないに関わらず、それぞれ日々の生活というのはそれなりに平穏に送れているようです。

それが、友人や同僚の言動や親兄弟の言動などなにかのきっかけで揺れてしまうことが多いようなのですね。


ということを踏まえると、

「結婚はいいよ」
「子育てはいいよ」
「専業主婦なんてつまらないでしょ?」

などなど、他者に主観を押し付けるのは女性同士であっても控えた方が賢明ではないでしょうか。

自分にとっては何気ない言葉だったり、善意だとしても、相手を大きく揺らがせてしまう言葉になりかねません。


サロンでお話をうかがっていると、生き方の選択肢が増えた分、女性は自由になったのかもしれませんが、同時に難しさも出てきているように思います。


女性同士だからこそ、自分の価値観を押し付けず、多様性を認識し、受け容れることが大切ではないでしょうか。

それが、もうちょっとだけ女性皆が楽に生きていくための秘訣のように思います。





・・・ そんなことを偉そうに言ってみた私自身は、結婚は2回しましたが子どもはいません。

「離婚」という機会があったので、幸いにも自身の結婚観というものを深く深く考えてみるきっかけがあったのですが、結論としては結婚というシステムには本当は向いていないんだろうな、と。

過去から今までの人生における選択の傾向を洗うと、私のプライオリティーはどう考えても「自由」なのですよね。しかも、自由とともに世に言う「女性の幸福全て」を手に入れたいという欲も、バイタリティーもないというヘタレぶり。

実際に結婚している今現在も「結婚している女性」として見られることに違和感もあるし、窮屈さを感じることもあります。

だから、やっぱり「結婚」そのものが誰にでも素晴らしいものだとも思わないし、幸福の象徴だとも思いません。結婚はパッケージが一緒でも中身は本当に人それぞれだと思うし。

けれど、私の場合「大人らしく、地に足をつけて生活する」という意味ではパートナーの存在が良い意味で歯止めになってバランスがとれているところがあるので、やっぱり必要なような気もします。

主人は大変だと思いますけどね

大人になりきれない子どもの31歳なので、取捨選択の結果である今の生活が私には身の丈に合っていて満足しています。



主人は大変だと思いますけれどね。← 大事なことなので2回言いました。
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